| 民国年間の祭祀活動は主に孔子、関羽、文昌、官吏と郷の徳のある人に弔いをするのである。社稷壇、先農壇、先カイコ祠などの廟祠を祭祀場所にする。孔子廟で孔に弔いをして、関帝廟で関羽に弔いをするのは比較的に盛大で厳かである。祖廟の祭祀は、毎年3回で、春の祭礼は清明の前後で、秋の祭礼は中元節になって、年の祭礼は除夜で行う。族長から祭祀を主宰して、戸主はお供に祭る。祭祀の過程は:“戸を開ける”、“神を迎える”、“神を参る”、“酒肴を捧げる”、祭文を読むなどがある。祭り終わって、族の大衆の集まって宴会をする。普通の家屋の中央の部屋内は皆祭祀に使う神棚がある。神棚の中で“天地君親師位”を貼って、両側は祖先の位牌を立てる。富んだ家の神棚は非常に重んじて、木で図案を彫刻装飾し、額と対聯などがある。祭祀活動は1年主に3回ある:一つは清明節、祖先の墓へ植樹して慰霊用の紙銭を掛かる。二は中元節で、ドア前あるいは野外で慰霊用の紙銭を燃やして、祖先に祭りを営む。三は“除夜”で、全家族人は祖先をしのんで、神棚の前で香を燃やし、慰霊用の紙銭を溶けて叩頭してお辞儀をする。
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平武県の西北部の白馬、木座、木皮、黄羊関の四つのチベット族の郷鎮には、一本の古い民族に集まり住んで、白馬チベット族(多くの専門家と学者は氏族で、古代の白馬氏の後裔であると思っている)と呼ばれる。
白馬チベット族は文字がなくて、チベット文字をも知っていないで、その言語はチベット語と接近するが、同じではなく、一種の独特な言語である。白馬チベット族は仏教を信じないで自然な神を信奉し、その中に最も信仰するのは“ャシナモン”(“白馬旦那さま”と言う意味)と称される1基の神山で、最も重要な宗教の活動は毎年旧暦の正月初一〜十五日の“曹蓋”を跳ぶのである。白馬チベット族の住宅は“スギのバラック”で、山に従って建てて、屋根は“人”と言う字の形を呈して、上に青の瓦を覆って、家屋はすべて3階で、下層は牛、羊、ブタ、ニワトリなどの家畜を囲って飼育し、中間層は人が居住して、上層は食糧を積んでおいて祭祀を行う場所とする。白馬チベット族は歌も踊りも上手な民族で、声調、舞う姿は皆際立っている民族の特色がある。
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